青年海外協力隊としての中国での活動を五感と第六感を総動員してお伝えします。
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最近元気が出ない。
ばあちゃんが死んだせいなのか、
昨日の地震のせいなのか、
なんなのかよく分からないけど変。
今日は春ちゃんが休みだった。
代わりにリハビリをするという最近来た看護学生、、大丈夫なのか。本当にやらせていいのか。。
治療開始。
患者さんの緊張が一気に伝わってくる。
「あ痛たたたぁぁぁ〜」
「痛いの?」ガシガシガシ・・・
・・・
どうする・・・
「代わろうか?」
怒りの涙。
患者さんをなんだと思ってるんだ!
学生に押し付けるみんなが許せなかった。
医者が反応した。ベイ、どうした?って。。。その看護学生?新人看護師?はベイが出勤していない日に春ちゃんについて勉強しているとか。
悔し涙。
なぜそれを教えてくれないんだ!
やっぱり私は蚊帳の外なのか、、、彼女らのその努力をどうして教えてくれないんだろう、、、それならそれで対応が出来たのに。
少し一人にしてもらった。看護師らが「ベイ、餃子食べよう」と呼びに来てくれた。
うれし涙。
こんなベイに笑顔でいてくれる。うれしかったし、彼女らが大好きだ。
この人たちが大嫌いだったらどんなにいいだろう。毎日無理難題を要求して、自分の思うようにことを進めようと出来れば気が済むのだろうさ。忙しい?どこがぁ??まだまだやれるでしょ!そう言えるのだろうさ。。
餃子はもらって帰って来た。
日本から郵便が届いていた。元職場の同期に頼んでいたもの。彼女からの手紙を読みながら餃子を食べた。ああ、中国にいるんだな。と改めて思った。
昼寝をした。
起きられなかった。
気付いたら19時だった。
気だるい。
まだどこか悪いのかな、、、私。
もうすぐ帰国されるあなたと、一応来たばかりの私。
4月5日に来て以来・・・
ずっと観光ビザで働いている。
居留証・工作証も出来てこない。
契約書、書かされたけれど
判を押されて戻ってこない。
労働節に関わるスケジュールの
変更、知らされませんでした。
こんな中で、なぜか給料は出た。違和感。
今、職場への不信感が高まりつつある。
長年の日本での教師生活経験が、
妙な拘りになっているのかもしれません。
外国人は蚊帳の外なのでしょうか。
隊員時代とは違う経験を、見つめるべきかも
しれませんが・・・。疎外感はそちらと
同じような気がします。
すみません、愚痴になりました。
ニュースなどでご存知か。。
中国・四川省で起きた大地震。
ここ桂林も震度1くらいか、、、長いこと揺れた。
昼休み、ウトウトしていた。
う〜ん、なんじゃぁ〜これ、なんだか懐かしい感覚ぅ〜
って!!!地震じゃん!!!
ベイの住家は6階。
ゆらゆらと。。
四川に同期隊員はいないが、リハビリ隊員がいる。
日本からの情報によると、NHKのニュースにテレビ電話で答えていたとか。無事なのでしょう。よかった。
ネットのニュースによると死者が増えそう。
中国の夜のニュースでは死者がでたことは伝えられていなかった。
いや〜、、、
帰国間際になっていろいろ起こるな。
そうそう、先日は大雨による洪水で。
_c
通勤路がやられたので迂回ついでに散策したり。
そして、手足口病。
桂林ではまだ発生していないらしいが、広西自治区内での死亡者が増えているらしい。ウチの病院でも明日緊急?に講座が開催されるらしい。
う〜ん、、、無事に帰りたい。
今回の地震、広範囲で揺れたようですね。やはりそちらも揺れてましたか。おそらくそのリハビリ隊員のコメント、私もニュースで見ましたよ。地震慣れしてる日本人だからか、とっても落ち着いているようでした。それより被害状況が分かって来て、地震のすごさが明らかになってきてますね。多くの方がなくなり、今も生き埋めになっているようです。早くの救助、復旧を願いたいです。
おばこ 2008年05月13日(火)22:30 New!miki@spainさん>
コメントありがとうございます。
さすがにこちらのニュースも地震関係が報じられています。これ以上、被害者が増えないで欲しいと思うものの。。。
この辺は全く被害がないので関係なし〜といった感じなのでしょうか。今も外から野外カラオケの大音量が聞こえます。なんだが切なくもあります。。
食器棚の下・・・そこがベイの貧乏性のたまり場。
お菓子の空箱
トイレットペーパーの芯
サプリメントの空き瓶
などなど
大きいものから小さいものまで・・・
捨てられないものがワンサカ。
『何かに使えるかもしれない・・』
そんな貧乏性が溢れている。
昨夜、
突然思い立って、、、折りたたんだりして整理した。
そう、これも帰国準備。
こんな紙類も売れますからね。。
母が言った。
『あなたを心配する日もあと少しなのね』と。
たくさんのゴメンねを伝えるより・・・ありがとう。
迷子ベイ。
犬のおまわりさんは・・・春ちゃんだった。
迷子になってから、出勤する気が重かった。。
『逃げちゃいけない、、、あと出勤は30日しかないんだから』そう言い聞かせて思い足を運んだ。
今朝もそうだった。
ギリギリまで寝ていた、、、と言うか、グズグズしていた。
午前の患者さんが終わる頃、リハビリ室でボ〜っとしていた。
『何だかんだ言っても、曲がりなりにも、、リハビリ室が形になってきている。でも、少なくても1年前にこの状況だったらな。。ま、でもゼロがここまで来たんだよな。。。よしとしなきゃ。』
そんなことを思っているとき春ちゃん。
「ベイ、明日、講座をしなきゃいけないんだけど何を話したらいいかな?私は関節運動の訓練について話そうかと思ってるんだけど、提案はない?」
「う〜〜〜ん。最近頑張っている評価について話したら?」
「でも、それは他の看護師には難しいんじゃないかな?婦長はね、他の看護師もリハビリが出来るようになってお金が入ってくればいいと言っているし、だから、みんなに関節の動かし方を教えたいと思うんだよね。」
ドッヒャ〜!!!だった。
お金って・・・
春ちゃんにむきになっても仕方ないんだけど、なってしまった。
「そんなら私、いらないじゃん・・・」
春ちゃんとはじめていろいろ話した。
そうしているうちに道が見えた。
あと30日でベイに出来ることって・・・と思っていたけど・・・まだあった。まだ30日もある。
助かった。
午後、春ちゃんが患者さんに触れる手にドキッとした。明らかに手の使い方が変わっていた。何で今まで気づかなかったんだろう。
負けてられない。
進め!!

今日から分院に出来た新しいリハ室の使用が始まった。
「ベイ、今日、院長の病院検査があるからリハビリ室開けて患者さん呼ぶよ」と春ちゃん。
おいおい・・・患者さんのためじゃないのかよ。。
こういうのがガッカリする瞬間。
結局、院長は「リハビリ室使ってるのか?」と聞いただけでお帰りのようでしたが。。苦笑
頭を抱えたまま数日を過ごしている。
これでいいのか。。
そして、今日も経済的問題でまだ起き上がれもしない高齢の患者さんが2人退院して行った。これからどんな風に過ごすんだろう。
ただ、以前、ベイが退院する患者さんに対して作った退院後の自主トレ表を真似て作った資料を医者が患者さんの家族に渡していた。どう動かすとか・・・全く分かりにくいものだったけど、作り始めたことに、、、感動した。
ちっちゃな芽が出ているのかもしれない。。
道が分からなくなった。
どうしたらいいんだろう。。
リハビリの目的は生活、その人らしい『生活』にあると思ってやって来た。
その人の戻っていくであろう社会を考えながら、その人の生活を取り戻す。。
でも、、、
この国じゃ、、、歩けないと、、、その人の社会は自宅の1室だけになる可能性が高い。
学生レベル以下知識ながら、歩行練習のお手伝いをして来た。障害の程度に関わらず、歩くことだけが成果となる。
本当にそうなのかな・・・
でも、患者も家族もそれを望んでいる・・・
『回復』ってそれだけじゃないよね?と言ってみたところで届かない。いまは届かない。
時が流れるのを待つしかないのか・・・
『異文化』と済ませていいのか・・・
あきらめるしかないのか・・・
私があきらめていいのか・・・
でも、熱くなったところで現実は・・・
分からなくなった。
進み続けたら、誰か見つけてくれるのか。。
春ちゃんがリハビリ指導を開始して4ヶ月が経った。
そんな今日、春ちゃんが患者さんを転ばせてしまった。
そう言えばベイも・・・入職して病院にも患者さんを診ることにも慣れてきたとき・・・転ばせてしまったけっけな〜と思い出した。
尊敬していた先輩がそばにいてすぐ指示を出してくれた。怒られると思っていた。が、怒られなかった。誰も怒らなかった。。患者さんを担当することってそういうことなんだな、、、と強く感じた時だった。
春ちゃんは患者さんの立ち上がりの訓練をしていた。その患者さんが休憩のために座ろうとした時だった、、、患側から崩れた。春ちゃんに抱きつくように倒れたため大事にはならなかったが、春ちゃんもビックリしただろう。
ベイはとりあえずバイタルを確認、問題なく、患者もけろっとしていたのでそのまま続けることに。
大事にすればよかった・・・と思ったのはその10分くらい後のことだ。
中国ではよく見かける光景なのだが、、、患者さんの治療をしながら平気でテレビを見たりする。
はっ!としたはずの春ちゃんが、、、歩行の練習をさせながらテレビに夢中になっていた。。。これまでも何度か注意してきた。でも、、、今日のことで少しは身にしみたかな?と思っていたのに。
ベイが患者さんに寄り添うと、ちょうどテレビの画面を隠すようなかっこうになった、、、が、それをよけてテレビを見ていた。。
進むべき道が・・・
いま、分院スタッフの流れは器機によるリハビリに動きつつある。いろんな意見があるだろう。でも、リハビリは適度な手と心をかけるものであるとベイは思っている。
分からなくなった・・・
でも、進まなきゃ・・・
5月1日〜3日は中国もゴールデンウィーク。
同期隊員を訪ねる小旅行に行ってきた。
・・・これも最後の旅行だな。
そこで、初めての経験をした。
ごはんを食べに行くためタクシーに乗った。
タクシーの運転手が「どこから来た?」
ベイたちはいつものことだと思い「当ててみて」と。。
「新彊か?」
「違う。外国人だよ」
「どこだ??」
「日本だよ」
「・・・。オレは日本人が嫌いだ。日本人は乗せたくない。」
「・・・そうなんだ。」
「日本、チベット、フランス、全部嫌いだ」
「どうして?」
「日本人は中国人をたくさん殺した」
「それはいつの話をしているの?」
「戦争中のことだ」
「それならいま私たちには関係ないことじゃない?」
「お前は、じいちゃんがしたことだから関係ない、そう言うのか?それはおかしくないか?」
「・・・(それはそうか、、、)」
「日中友好、そう言いたいのか?」
と、こんな感じで。
ただ、彼がどうして日本人が嫌いなのかという根本は分からなかった。彼の言っていることは聞き取れた。けれど、点と点がつながらないことを話しているというか。。もしかしたら彼自身も分かっていないのではとさえ思う。
これが『反日感情』なのかな。
タクシーは目的地まで乗せてくれた。
降りる時、運転手が「これまでに7人の外国人を乗せたことがある。でも、日本人は初めてだ」と言った。
今後、彼がまた日本人と出会うチャンスがあることを、、、願う。
今から16年前、私が隊員として赴任したとき、同じく同期も桂林の学校に赴任。そして、彼のクラスの黒板に書かれた文字、「日本鬼子」。今、私はその学校で授業をしています。
ちょっと話題が変わりますが、私の母は終戦の年に小学六年生。以前、ポロリとアジア心は能力が低いというような発言をして、息子たちから総攻撃を浴びました。
今年から、中国では五月四日は青年節。午後は授業が休みだったんですが、これも実は反日運動である五四運動が起源。
教育が人の心にどのような影響を与えるか、教育者の端くれとして、これからも考えていかねばと思います。
広西の最南、北海の横に防城港ってありますよね。調べてみると、どうもこの「防」という字は「倭寇」の攻撃を防ぐ、ということから来ているようなんです。
こんな時代から日本の攻撃を受けていたとすれば、
根深いものがありますよね。
でも、桂林の町中には私を見つけて声をかけてくる人々も大勢います。友達の友達はまた友達。そうやって桂林の友人を増やしていくしかないのかもしれません。
すみません、上の文章、「アジア心」は「アジア人(日本人を除く)」の間違いです。
お詫びして訂正させていただきます。
桂林ウォーカーさん>
コメントありがとうございます。
お母様は何を思ってそう話されたのでしょう?能力とは・・・。話は違うのかもしれませんが、脳のレベルのところでやはり違うところがあるのではないかと思うこの頃です。
その後、桂林生活はいかがですか?
東京の我が家はご近所さんに外国の方々が多いもので、その方々と母との付き合いの中から出てきたんですね。持つと端的に言ってしまえば、「頭が悪い」という意味の発言だったのですが・・・。
私は脳レベルの・・・という意見には賛成しかねます。今まで20カ国近い国の人々を教えてきましたが、どれだけ脳を鍛えてきたか、つまり学習経験の有無が影響しているに過ぎないと思うのです。
例えば幼少時に残留孤児の孫として引き揚げてきた生徒は、中国語・日本語共に抽象概念が未発達でした。このことが、数的な認識や空間的な認識にまで影響してしまうのです。彼は学校にもほとんど行かず、家族も無学で教えることが出来なかったため、日本に来るまで学習経験がほとんどなかったのです。
脳を正しく鍛えてきたか、これが大切だと思うのですが・・・。
桂林生活、協力隊時代と比べて、所属先の状況が全く分からない状態に困惑しております。
走るしかないと言ったのは昨日のこと。。。
ははは。
なかなかそう自由には走らせてくれないようだ。
ふと春ちゃんが言った。
「ベイ、○○○○って言葉を知ってる?」
「ん???知らない」
「例えば・・・この患者さんが動きたくても動けない。それと同じように、△△医者はリハビリを進めていきたい。私もやっていきたい。リハビリ室も整備していきたい。でも△△医者は主任じゃない。だから出来ないことがあるんだ・・・」
あああ。
きっと昨日の帰りの車でのベイと医者の言い合いについて言っているんだろうな。。
ドンヨ〜リ。。。
はてさて、どうしよう。
午後、突如、分院に現れたリハビリ室の器具の配置について話していた。
昨日見たいわゆる中国式リハビリ。ひたすらジムのように筋トレをするといった感じ。しかし、基本的に中国人は器具でトレーニングするのが好きなよう。。
本院から移動してきた器具を前に、
「ベイ、これはどう使うんだ??」
「ええ、、、それは脳卒中の患者さんには使えないんじゃないかな〜」
「おおっ、こうやって使うのか!面白いっ!!」
(話、聞いてるのか???)
器具を使うのが悪いとは思わない。
でも、患者さんに触れて感じて使い方を考えてほしい。ただそれだけなのだが、なんでもマニュアル化したがるここのスタッフたちにそれが伝わるのか。。
む〜ん。否定しきるわけにもいかない。
あああ、どうしよう。
ご無沙汰しております。。
中国を駆け回っておりました。。なんて。
先週の月曜に術後の再診で北京へ。
その後、あちこちで『出前ベイ』
まずは、、、
去年12月にお世話になった河北省の同期隊員の病院へお礼参り。スタッフの皆さんが「おおっ、来なたベイ!」と迎えてくれ、患者さんが「ベイに会いたくてごはんも食べられずに痩せちゃっよ・・・」と迎えてくれ。。本当にありがたい。。
もちろん、しっかりお仕事♪
続いて、、、
河南省にいる後輩隊員の病院へ。ここでは見学の予定だったのに、、、中国に派遣されている唯一のOTであるため重宝がられる。
ここでもお仕事をすることに♪
バタバタと桂林に一度戻り、翌朝、隣の市で開催される『広西医療ベルト』第3回のため移動。『市』と言っても中国では『県』レベル。移動にもけっこう時間がかかる。
この会ではこれから数回かけて、スタッフや家族に向けての可動域訓練の方法をムービーにしてまとめる予定。
次いで、、、
以前から病院に掛け合っていた春ちゃんの研修。
これがなかなかうまく進まず。。
とりあえず今日、分院の医者と春ちゃんがベイが研修場所に選んだ後輩隊員のいる隣の市の人民病院に見学に来ることになっていた。だから週末帰宅せず、ベイはそのまま待っていた。
それなのに・・・トンチンカンなことになっていて。。あああああ。作戦の立て直しだ!
そして、ここでもしっかりお仕事した♪
はっきり言ってヘトヘト。。。
でも、あと60日となってしまったんだ。
疲れても走るしかないんだ。
止めないで!!